いつだったか、「願い事が叶うノウハウ」みたいなことを習って、やってみたことがあった。
   
確か、満月の日か新月の日にピンクの紙に箇条書きで願い事を書いて、祈って、畳んでしまって忘れておく、だったっけ?(ちょっとうろ覚え)

それから数年経って、本当に忘れきっていたそのピンクの紙をみつけて読んでみたら
ほぼ全てが叶っていたことに驚いた記憶がある。
もちろん、書いた当時は「叶わないだろう」と思っていた、夢の願いだった。
     
     
実際にはね、夢の叶え方というのはある。と、今ならわかる。
書き出すという作業で、一度自分の表面にその「願いという意識」を明確に持ってきて、そして刻み込んだあとで。
今度は忘れることで「◯◯の方法で実現する」といった感じの、日常の「こだわりの方を忘れる」わけ。
    
こだわりって執着にもなるから。
方法に執着していると、その方法が目的にすり替わってしまいかねない。
    
例えば、今住んでいる場所からかなり離れた土地に行くとする。
それは、観光旅行でもいいし、出張でもいい。または何かのセミナーを受講するでもいいし、誰かに会いに行くでもいい。美味しいものを食べに行くのでもいいし、なにか買い付けに行くのでもいい。
そう、それが目的。
    
そして、目標として「移動先にたどり着くこと」を考える。
移動手段が限られていた時代は、ほとんどの旅が徒歩だったはず。
いまなら、自転車でも車でも電車でも船でも飛行機でも。。。目標は到達地点にたどり着くことだから、ちょうどいい方法をとればいい。
     
でも「どうしても電車で移動!」って感じで「手段」にこだわってしまったら。
     
電車が通ってないところには、行き着けない。
なら、行き先を変えようか。
となったら、目的と目標が逆転する。
    
ほら、手段にこだわると、「叶えたいこと」がすり替わって「叶わないこと」になるかもしれないわけ。
      
      
子どもの頃、私はこんな自分を夢見たことがある。
・会社員として、バリバリ働く自分。
・何かSFチックな、TV電話を使って遠くの人と普通に話したり、機械を使いこなしてオフィス仕事をしている自分。
    
...SF文学大好き少女だったからね、まだ黒電話の時代、書類は手書きが当然の時代(高くても和文タイプライターで作られた書類)がせいぜいあったよ、な時代だったのに、そんな世界を夢見てた。
当時のコンピューターって、部屋の中にどどーんといくつも並ぶ、リールがぐるんぐるん回ってたりパンチカードが動いている時代じゃなかったかなぁ。
     
で、半世紀たった今。
当然のように実現しているわけで。
社会のほうが変わった結果の実現だった。
     
   
こんなあれこれができるなんて、想定すらできなかった時代に「叶えたい夢」と考えて、どうにか叶えようとジタバタしても意味なかったよ。
でも、ジタバタしなくても、いつの間にか叶ってた。
    
おかげで日々がとても幸せに感じる。



叶えたい夢。
どうして忘れることで叶うかというと。
    
表層意識が忘れていてもね、潜在意識にはちゃんと刻まれているから。
何か選択肢があらわれたときに、ちゃんと叶う方向に無意識に自分を動かしたりしている。
そして。
無意識ランクで望んでないことは、結局は叶わない。
だって、叶えたいと思ってないんだもの、本当は。
    
だから、「叶えたい夢」というのは、小っ恥ずかしくなるほど、明確に、書き出してみると良い。
それが箇条書き。
100くらい書くといいらしいよ。ジェームス・スキナー氏によると。
    
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2024年3月13日 https://pyoblog.postach.io/